DV(ドメスティックバイオレンス)と言えば、多くの人が「夫(男性)から妻(女性)」というケースを想像するのではないでしょうか。しかし、実際にはそうではありません。内閣府が2011年に行なった調査では、約20%の夫(男性)が妻(女性)から被害を受けたことがあると答えているそうです。夫は妻から暴力を受けていても、なかなか相談できない人が多く、その上、家庭内というプライベートな空間で行なわれるケースがほとんどなため、潜在的な被害者も多そうです。身を守るにはどうすればいいのでしょうか。覚えておいてほしいのが、お互いの関係性が「配偶者」、「男女」であるがゆえに、男性側が気をつけなければならないポイントがあることです。
●妻が暴力的に変貌 夫は耐える必要なし
「毎日のように『稼ぎがない!』とののしられます……」
夫婦関係に関する法律相談は、離婚案件が圧倒的に多いのですが、最近、妻からのドメスティックバイオレンス(DV)に悩む男性からの相談が増えています。
他にも、寄せられるご相談として、「別れ話をしたら、『職場にあることないこと話して退職に追い込んでやる』と脅される」という精神的な暴力から、「夫婦げんかの際、包丁を突きつけられた」、「喧嘩になると、手当たり次第、物を投げるので、それがあたって骨折をした」というような、身の危険を感じるものまでさまざまです。
そもそも、男性と女性では力の差があるため、夫が妻から暴力を受けていても、「男が女に手を上げてはいけない」という世間一般の認識があるため、ただひたすら耐えなくてはいけないと思っている男性も少なくありません。
また、男性のなかには、「妻がこんなに暴力的になってしまったのは、自分のせいだ」と思い込み、誰にも相談できずに悩み、耐えている方もいます。
他人に肉体的、精神的に危害を加えることは、男も女も関係なく、あってはならないことです。「男は女に手を上げてはいけない」という認識は、「男が女から手を上げられたら耐えなくてはいけない」ということと、同義ではないはずです。
妻からのDVに密かに悩む夫のための、法的対処法を解説しましょう。
●DV法は女性重視でも 男性も保護対象に含まれる
まず、DVとは「配偶者からの暴力」のことです。この配偶者のなかには、事実婚や元配偶者も含まれますし、男性・女性を問いません。また、暴力は身体的暴力のみならず、精神的・性的暴力も含まれます。
内閣府が行った「男女間における暴力に関する調査」(平成23年度調査)によれば、配偶者(事実婚や別居中の夫婦、元配偶者含む)から「身体的暴行」「心理的攻撃」「性的強要」のいずれかを1つでも受けたことがある男性は、18.3%にのぼります。
配偶者からの暴力については、外部からその発見が困難な家庭内において行われるため、潜在化しやすいことが特徴です。しかも、加害者に罪の意識が薄いという傾向があるため、周囲が気付かないうちに暴力がエスカレートし、被害が深刻化しやすいという特性があります。
そのため、わが国では平成13年4月に、配偶者からの暴力に係る通報、相談、保護、自立支援等の体制を整備することにより、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護を図ることを目的として、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV防止法)が制定されました。
DV防止法の対象は、女性に対する暴力だけではなく、男性に対する暴力も含まれますので、男性の被害者であっても、この法律による保護等を受けることができます。
しかし、配偶者からの暴力の被害者の多くが女性であることなどから、DV防止法は女性に対する暴力に特に配慮した規定となっています。
●もしやられたら やり返さず証拠を残す
そもそも、暴力については、刑法上、傷害罪(刑法第202条)や暴行罪(刑法第208条)、脅迫罪(刑法第222条)等が定められています。
先ほど例に挙げた妻からの行為は、「別れ話をしたら、『職場にあることないこと話して退職に追い込んでやる』と脅される」というケースについては脅迫罪に、「夫婦げんかの際、包丁を突きつけられた」というケースについては暴行罪に、「喧嘩になると、手当たり次第、物を投げるので、それがあたって骨折をした」というケースについては傷害罪に該当する可能性があります。
しかし、夫婦間のトラブルで警察に行くという男性は少なく、悩みに悩んだ末に相談に行っても、「男が女にやられるなんて」と軽くあしらわれてしまうケースも少なくないようです。
なお、冒頭の「稼ぎないとののしられる」というケースでは、妻は法律を犯しているわけではありません。しかし、精神的に夫を追いつめるDVであることは間違いないでしょう。
妻からのDVが原因で婚姻関係が破綻した場合には、「婚姻を継続しがたい重大な事由」(民法第770条1項5号)として、離婚原因になります。また、妻からのDVは不法行為(民法第709条・第710条)に該当しますので、慰謝料を請求することもできます。
離婚や慰謝料請求を考えている場合には、医師の診断書や怪我を写した写真、脅したり暴言を吐いたりしている際の録音等、客観的な証拠を残しておくことが非常に重要です。
●気をつけたい防衛方法 確実なのは「逃げる」
また、男性は力が強いので、女性が手を上げたからといって、自分も手を上げてしまったりすると、相手の方が大けがをして、逆に慰謝料請求をされてしまうというケースもありますので、この点は十分注意が必要です。
女性が暴れるのでそれを止めようと押さえつけたところ、あざができてしまったり痕が残ったりしてしまい、それを以て、逆に妻が「夫からDVを受けた」と主張するケースも少なくありません。
一般的には、まだまだDVについては、「女性が被害者」という概念が強く浸透しているため、このように女性側に暴力の証拠を持たれると、本当は先に手を出したのが女性であっても、男性に不利な結果となってしまう可能性があります。
では、妻からDVを受けた時、男性はどうしたらよいのでしょうか。
既に、身の危険を感じるほどに妻のDVがエスカレートしてしまっている場合には、まずは身の安全を図るため、避難することが大切です。
妻が包丁などの凶器を持ち出した場合でも、男性である夫は、女性の妻よりも力が強いから抑えられると考え、つい自分で対処してしまいがちです。しかし、それは極力避け、すぐにその場から離れることが大切です。
被害を受けた男性の8割弱が、どこにも相談していないという回答をしているとおり、男性の方が弁護士に相談するきっかけは、実際に離婚の決意を固めてからというケースがほとんどです。しかし、私たち弁護士は、離婚をするかどうか迷っている段階であっても、相談に来ていただければ、法律的見地からアドバイスができます。
今回のようなDVに関しては、弁護士に話せば、被害を受けている夫も「妻は法律違反をしているんだ」「もう、我慢する必要はないんだ」と、気付く事ができるでしょう。